かんぽの宿は(旧)簡易生命保険法第4章、第101条によって『加入者福祉施設』として定められた。
鳩山総務大臣は4月3日、『「かんぽの宿」報告徴求、精査分析結果(16の問題点)』の記者会見において、かんぽの宿は、税金で作ったものではなく、保険料を積み上げた国民共有の財産だという(本来はこういった表現もおかしなものだ。税金で作ったものこそ国民の財産だろう) 。しかし、物事は短絡的でなく、順々に考えなくてはならぬ。法律の趣旨に則り、かんぽの宿は第一義的に、加入者の財産と規定せねばならない。
第101条第3項では、加入者の施設に要する費用は公社の負担とする、とあるので要は施設は加入者の保険料で設けるし、維持していくことになるので、結局、費用は加入者の負担であることに変わりはない。また、保険料の運用資金が支える面があるとしてもその由来が保険料でしかない意味は大きい。
ここで鳩山大臣は会社の保養施設を持ち出して、「それと同じ」とやるが、それは従業員が使用する福利厚生施設であり、その費用は会社の人件費である。こちらに「採算」もないし「赤字」云々のないのは当たり前で、殊更かんぽの宿と同列に扱うのは無茶だ。「かんぽの宿は儲けてはいけない」施設と持って行きたいからではあろうが適切な類推ではない。
加入者といえどもお客さんである。「利益を上げることが禁じられている施設」であるか「採算を取る施設でないことが明記されている」かどうかは、第101条の中に明記されてないことは確かである。また、加入者の保険料で運営してる以上、赤字を出してもいい施設かどうかというより、赤字を出さない方がいい施設であることは、加入者の利害を考慮すれば当然である。
さらに第101条第2項は、加入者以外の利用で利益を上げることを肯定し、第3項では、利用者の負担で施設に要する費用を充てるとしているのだから、かんぽの宿が「そもそも赤字という概念が通用しない、保養施設」だという強弁は出来るものではない。
そして、加入者の財産たるかんぽの宿は、郵政民営化法の成立とともに、単に「宿泊施設等として日本郵政株式会社が承継」するものとなり、「日本郵政株式会社法により、平成24年9月30日までの間に譲渡又は廃止することが義務付けられ」た。
「郵政民営化を否定する立場に」全くないと明言する鳩山大臣だが、彼にとってのかんぽの宿民営化とは、民営化前までは儲けてはならない施設で、低料金で心ならずも赤字を強いられていた状態だったものが、民営化後は、経営努力をして自ら収益改善が初めてできる状態で、黒字化は十分可能という素人経営談議の話に矮小化されており、郵政民営化法の趣旨は無視、実質否定されてると言って良い。
しかし、上記の郵政民営化法の下では、第三者検討委員会の委員が言うように、「法律で『廃止又は譲渡』と入ってるということは、かんぽの宿の社会的使命が終わったということ」であり、「経営方針を転換して、いかに採算性を高めるか、そのような経営努力」が「必要という事業でないからこそ、この法律で期限付けて『廃止又は譲渡』を謳っている」ということになるのである。この論と反対のことを言ってる人(鳩山大臣)は、端から郵政民営化に逆らっているのである。
よって、日本郵政に対し事業計画の認可を出すにあたって、『「かんぽの宿」の黒字化を目指せ』というような監督上の命令を出す事自体、郵政民営化法を否定することになっていると言えよう。
結局、保険加入者の財産である「かんぽの宿」は、(旧)簡易生命保険法から郵政民営化法の下での経過的『廃止又は譲渡』状態を経て、完遂され、最終的に平成29年9月末までの金融2社が完全民営化される時までに、株式会社かんぽ生命保険の株価評価に反映し、また日本郵政株式会社の株価評価にも反映してゆくと考えられる。その時初めて「かんぽの宿」は解消したことにより、逆説的に国民共有の財産になったと言えるのである。
郵政文化というものがあるかないかは問わないとして、「かんぽの宿」が象徴的な郵政文化の一つであるとする説によっても、「かんぽの宿」がかんぽの加入者福祉施設として設けられ、郵政民営化法の成立によって「宿泊施設等」になり、あと3年余りで「廃止又は譲渡」されるという運命は変わらない。一括売却の契約を破棄してまでのこれからの個別売却がいかなる混乱をもたらそうとも、その責任がつとにその契約を破棄させた鳩山総務大臣にある事実だけは消えない。


by makoto900
亀井国民新党の仕掛けた茶番